私は小学校3年生の頃から高校まで野球をしていました。
ピッチャーをしていた私は
(ピッチャーは小学生時代、中学生以降は内野手でした。)
肘を痛めてあらゆる病院
(整骨院、整形外科、など)に 通う日々でした。
それが、中学校でも続き、だまし、だましやっていた中、中学3年生の
終わり頃から だんだんコントロールできない感覚になってしまったんです。
でも高校で野球をするのは、その時すでに決めていたので、
高校に入っても 野球を続けました。
(なんちゃって推薦ですが。。。ちなみに大阪の浪商高校です。
年配の方はご存知の方が多いです。)
高校1年生の冬に結局肘を手術して、
それでも治らず(この時はかなりのショックで
泣きじゃくりでした。ワンワン泣いてましたね。)
私の野球人生は終わってしまいました・・・・。
(暗い話でごめんなさい↓でもこの時の経験は
自分にとって最高の宝物です!!)
大学では大阪体育大学に入学し、
アメリカンフットボール部に入りました。
(大学から始められるスポーツだからです。
モテルかなと思いきや・・・甘かったです。)
このスポーツではほんとにありとあらゆるところを
ケガしましたね。 痛さで涙が・・・泣き過ぎや〜!
・・・・でもほんまに痛いんですよ(笑)
ウエイトトレーニングをしていたその時、
"ギクッ" となり動けなくなってしまったんです。
(よく知られるギックリ腰でした) そんな時、
母にカイロプラクティックを紹介されて、
全く、病院関係は、信用していなかった私に
「うそと思ってもいいから行ってみ!」
(大阪出身なので、大阪弁です。和歌山よりの泉州人です。)
と言われ、 足を引きずりながら行きました。
治療を受けて帰る時には、あら不思議!
普通に歩いて帰れるようになりました。
その時の自分にとっては、すさまじい衝撃と感動で
↓↓↓
「この時の感動をいろんな人に伝えたい!」
「自分と同じように肘、肩を痛めて、
頑張っている野球少年・怪我をしながら
頑張っているスポーツ選手を治したい!」
これがカイロプラクティックを志したきっかけです。
自らがいろんな怪我をし、それをことごとく治して下さった大阪の師匠、
さまざまなことを臨床で勉強させていただきました。
その時の感覚がすごくいきています。
そして、横浜カイロプラクティック学院での気の遠くなるような、基礎医学
(解剖学、生理学、病理学、整形外科テスト法)、実技
これらをみっちり叩き込んできました。
こういった施術に関すること、体の動きについてなどは
大好きなのでこれからもずっと研究していきたいと思います。
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ご縁を大事に真心こめて施術させて頂きます!
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